冨平 恭平/安希子インタビュー(第124回定期演奏会を前に)

2024年11月2日(土)に開催される第124回定期演奏会で指揮台に立つ冨平恭平と、同演
奏会でR・シュトラウス「四つの最後の歌」のソプラノ独唱を務める冨平安希子に演奏会
を前にインタビューを行いました。 (お二人は夫婦です)

インタビューに答える冨平恭平と冨平安希子
難曲、大曲への挑戦のシェフを引き受ける

Q:恭平先生が鎌響の指揮台に立つのは、一昨年の第119回定演以来、2年振りになります。
今までの鎌響、そして今回来演にあたっての鎌響への印象、評価をお聞かせください。

恭):前回はいわば定番プログラムのベートーヴェン7番でしたが、さすが鎌響、今回はすごい挑戦ですね。
市民オーケストラでこの難曲、マーラーの9番が選曲候補に上り、(無理だと下ろされることもなく)採択されて実際に本番に向かって準備されているのは、技術もモチベーションも高い団体なのだなと思います。
大曲に挑戦できるだけの団員が常に参加しつづけているのが頼もしいですね。先日の合宿など、社会人のアマオケでは参加者が少なくなるのが普通なのに、普段の練習以上に出席していてうれしい驚きでした。

Q:一方、安希子先生は、マーラー4番をご一緒した第113回定演から5年振りになります。久しぶりの鎌響との共演は如何でしょうか?

安):5年前のマーラー4番は(鎌倉芸術館改修のため)県民ホールでの演奏だったんですよね、今回本拠地鎌倉芸術館でまた皆さんとご一緒できるのが楽しみです。今回の初日リハでも5年ぶりとは思えないあたたかい雰囲気で迎え入れてくださりとてもありがたかったです。あらためてよろしくお願いいたします。

音楽の仕事のパートナーがそのまま人生の伴侶に

Q:これまで、歌と恭平さんの伴奏ピアノでご夫婦で共演されたことはあると聞いていますが、指揮者とソリストという関係は初めてとのこと。どんな感じなのでしょうか?(やりやすい、やりにくい?)

恭):夫婦共演はやりやすいです。よくわかっている相手ですし、音楽的にどういうことをしたいのかも、普段2人で家で練習することもあるので、これ以上やりやすい人はいないですね。
安):私も夫とやりづらいことは全くありません。以前開催した私のリサイタルでも夫にピアノを弾いてもらいましたし、阿吽の呼吸でとても歌いやすいです。ここはこうやって歌いたいなども打ち合わせ無しでも合うので、音楽的なフィーリングも合っているのだと思います。

Q:ご夫婦のお二人ですが、差し支えなければお2人の馴れ初めを教えてください。

恭):大学(東京藝術大学)は在学期間がかぶっていましたが、在学中にお互い話したことはありませんでした。妻が大学院を卒業してドイツから一時帰国した時に出演した、びわ湖ホールでのでの「ばらの騎士」公演で、私が副指揮者、合唱指揮をしたときに知り合いました。

安):藝大在学中もお互い顔は知っていたのですが、直接会話したのはそのときが初めてだったんです。

恭):それで、もう翌年には結婚していました。お付き合いしてという時間はなかったので、結婚式のときにも、よくお披露目する、二人の想い出の写真、みたいなものもぜんぜんなしでした。(笑)

大作曲家が自分の書きたいように存分に書いた名曲

Q:今回、リヒャルト・シュトラウスの四つの最後の歌とマーラーの交響曲第9番というアマチュアのオケにとってはかなりチャレンジングな選曲です。
両曲とも『死』に関わる複雑な感情を感じさせる曲です。今回の曲目をマエストロはどのように見ておられるかをお聞かせください。

恭):マーラーは1番の交響曲では歌そのものは使わなかったものの歌曲のモチーフを多用していました。そして2番~4番ではそれぞれ歌入りの交響曲として発表し、好評を得ていたようです。
その後、5~7番では一旦歌から離れて純器楽の交響曲を書いたのですが、当時の音楽界からはそれが全く不人気でした。そこで、マーラーは歌を総動員して壮大な8番を発表し、案の上大ヒットしたんです。でも、マーラーは実際は「歌」を入れた交響曲を書きたかったわけではなかったらしく、もう世の中に受けるかどうかとか関係なく、自分が書きたいように書こうと書いたのが今回の9番だったのですね。
死を前にした感情を込めた、という解説がなされることが比較的多いのですが、調べてみると、この9番作曲当時、マーラー自身は体力的にも精神的にも元気いっぱいで、この曲が最後の曲になる、と思っていたわけではなさそうなのが面白いところです。また、長大な第4楽章までの曲ですが、もしかすると、この4楽章に終わらず、さらに第5楽章を加えようとしていたのかもしれない、とうかがわせる雰囲気があり、謎が多い曲ですね。

「四つの最後の歌」ですが、この時代、すでにシェーンベルグ、ベルグ、ストラヴィンスキーやショスタコヴィッチも活躍し無調音楽の台頭など音楽は前衛化していたときに、R・シュトラウスが逆に懐古的でロマンティックな曲を作ったので、むしろ時代遅れも甚だしいという位置づけだったのですが、マーラーが8番を経て書きたいように9番を書いたのと同じように、R・シュトラウスも世間の評価は関係なく、自分が思っている曲を書いたわけです。

2人の作曲家が人生終盤で、自分の書きたい音楽を評価を気にせず書いた曲ということで、この2曲の組み合わせの今回のプログラムは、とても良いと感じています。

4つの歌に複合的意図はない 初演順に歌唱

Q:(安希子さんへ)四つの最後の歌は、今回初演順に演奏されます。何度か歌われているとのことですが、この曲を歌うにあたってのお気持ちをお聞かせください。

安):ピアノでは何度か歌ったことのあるこの作品をいつかオーケストラと歌いたいとずっと願ってきましたので、今回実現することをとても嬉しく幸運に思っています。

恭):出版譜の曲順から、死を前にした心象風景の変遷などのメッセージ性を感じたり、求めたりする方もいるようですが、この4つは作曲者の死後まとめられたにすぎないもので、作曲者が4つまとめてなにかを伝えようとした作品ではない、ということは理解しておいたほうがいいと思います。

天国の調性 ニ長調をめぐって

Q:(恭平さんへ)マーラーの交響曲第9番、完成された最後のシンフォニーで、マーラーの最高傑作とも言われていますが、特に聞きどころはどこでしょう?

恭):マーラーの交響曲でニ長調は天国を表しています。例えば5番では冒頭葬送行進曲で嬰ハ短調で始まりますが、最後の第5楽章で天国に到達する意味合いで半音上げてニ長調で終わっていました。
一方、9番では冒頭から天国の調であるニ長調で始まりますが、さきほど申したように今までは本来書きたかったことが縛られていたものが、この曲では縛りから解放されているので、セオリーに反する形で、ニ長調から逆に半音下がった変ニ長調で曲が終わっているんです。
こういうところも意識すると面白い聴きどころになりますよ。

60年に1度の稀有な機会を聞き逃しなく!

Q:さいごに、鎌響ファンや足を運んでいただくお客さまに向けてメッセージをお願いします。

恭):鎌響60年の歴史のなかで両曲とも初めてとりあげる曲だ、ということですから、次にこの曲を鎌倉で聴けるのは60年後、それまで生きる自信のあるかたは別として(笑)一生に一度のチャンスです。
滅多に聴けない2曲でもあり、とても良い組み合わせの曲でもありますので、是非聴きにいらしてください。

安):指揮者とソリストとしての私たち夫婦の共演は初めて、そして二人まとめての鎌響さんとの共演も初めて、ということで、足をお運び頂けましたらとても嬉しく思っております。鎌倉芸術館でお待ちしております!

マーラー9番のリハーサルをする冨平恭平と鎌倉交響楽団

2024年10月5日 鎌倉芸術館にて 聞き手:五味俊哉(当団コンサートマスター)