第119回定期演奏会に向けて 指揮者 冨平 恭平 インタビュー

第119回定期演奏会の指揮者として来演する指揮者冨平 恭平にインタビューを行いました。

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ピアノ協奏曲の独奏レッスンを受けていたら、伴奏の方が面白いぞ!?

協奏曲を練習していたらソロより伴奏が面白くなった

Q:冨平先生の指揮者としての活動、指揮者になられるまでの経歴について教えてください。

A:東京藝術大学の指揮科を卒業後、同学オペラ科の非常勤講師となりました。そして二期会のオペラの専属スタッフとなり、2010年からは新国立劇場の音楽スタッフ、2019年には同劇場の合唱団指揮者に就任して今に至っています。

指揮者となるまで、ですが、私は4歳のときからピアノを始めて、当初はピアニストを目指し芸大高校のピアノ科を受験しようと思っていました。

ところが、中学2年生のときにピティナピアノコンクールを見に行った際、自分の身長の半分くらいしかない男の子が、ペダルに足が届かないので補助ペダルを使いながらも、ショパンをすごい勢いで見事に弾くのを見せつけられ、こりゃピアノの世界は無理だな…と、本格ピアニストへの道は諦めました。

一方、自分でいうのもなんですが僕は勉強がたいへんよく出来たので(笑)、音楽学(楽理科)に進むことも考えたりして高校では先生につき毎週楽理論文を書いたりしていました。

音楽でどの道にいくにもピアノは大事なので続けていたのですが、あるとき当時の先生とコンチェルトを課題で与えられ、レッスンしてもらう機会がありました。ソロパートを自分が弾いて下のオーケストラパートを先生がピアノ版に直されたものを弾いてくれるのですが、やっているうち、あれ、合わせてもらっている伴奏パートの方がなんか面白そうだぞ、と感じ始めました。先生とパートを変わってもらってその伴奏パートのほうを弾かせてもらったりしているうち、これを実際に演奏するオーケストラの指揮をしてみたい、よし、指揮者を目指そう、と思うようになったのです。

指揮者を目指す人には、目立ちたい、メンバーの上にたって仕切りたい、といった理由の人が多いかもしれませんが、私は音楽が好きで、オーケストラも好きで、何かそれでできることがないかといろんなことを考えた結果、指揮者という仕事しか残っていなかったわけで、いわば消去法の選択だったんですよね。(笑)

最初は鎌響の皆さん戸惑っているのがありあり(笑)

Q:鎌響との出会い、鎌響についてもっている印象について教えてください。

A:鎌響との出会いは2013年で、現在名誉団長の山本さんとの繋がりでした。第九の下振り(本番指揮者の代理で練習の指揮をする)が最初でした。

鎌響の最初の印象は人が多いな、ということですね。あちこちにアマチュアオーケストラはありますが、演奏会直前でなくても各パートしっかり人数がそろっているのは頼もしいですね。

鎌響への最初の仕事は下振りだったのですが、その後第九の本番を指揮することになりました。練習が全体で5回しかなかったですが、最初は皆さん戸惑っているのがありあり分かりました。(編集部注:多くの団員にとって経験のなかった斬新なベートーヴェン演奏のアプローチだったので) 

最初の3回くらいの練習では皆さんに自分の指揮に慣れ、意図を理解していただくため、いろいろな探り合いがありましたが、本番近くになると、自分の方向性を理解してもらえ、指揮者に付いて行かないと!という雰囲気を団員に感じました。結果本番は楽しかったですね。

第九の初来演の後、ブルックナーを取り上げた定期を指揮しました。今回119回定期の演奏に向けては、もう鎌響には安心感があります。

リハーサルではコミカルな例え話を交えながらも妥協のない要求が次々に

指揮者を理解できてからの対応力に信頼感

Q:指揮者の意図に合わせる鎌響の能力はどう感じられますか?

A:どのように演奏しないといけないか、と分かってからの動きは早いです。

それが分かるまでのプロセスはどのオーケストラにとっても難しいものですね。

今回のベートーヴェンのような古典派の演奏に関しては、10人指揮者がいれば10通りの指示があります。特に今日一番難しいのは古典派の曲の演奏なのです。

演奏には色々な価値観、アプローチがあり、どの指揮者が振ったとしてもそれぞれの意図に対応できるように練習しなければなりません。ベートーヴェンは大変ですが、鎌響の皆さんはそのチャレンジによく対応しようとしていると思います。

巨匠の演奏ではなく、ベートーヴェンの書いた楽譜をバイブルに

お客様よりベートーヴェンに喜んで欲しい

Q:今回のメインプログラムであるベートーヴェン交響曲7番の、冨平先生による指揮での演奏は、我々オーケストラメンバーにとっても斬新ですし、鎌響の聴衆層の多くにとっても、いままで聴いてきた「ベト7」とだいぶ違うと思います。どのような価値観、意図でこの曲をお届けしようとしているのかをお聞かせください。これまでのリハーサルでは「かつての巨匠のように演奏しないこと」という指示が出ることがしばしばありますね。

A:日本人のクラシックファンの問題点というのは、家庭でレコード・CDなどでベートーヴェンの交響曲を聴いていると思いますが、フルトヴェングラー氏やカラヤン氏のような巨匠が振る演奏を、それらの演奏が正しい(そうあるべきものなのだ)と思い込んでいることだと思います。

演奏や指揮も時代に沿い変わってきています。私は中1のときに初めて聴いたベートーヴェン全集(ガーディナー指揮オルケストル・レヴォリューショネル・エ・ロマンティーク)は、(巨匠の演奏のようなテンポの変化やタメが一切ない)メトロノーム通りの演奏でしたが、楽譜を見ながら聴くと、それがベートーヴェンの書いた楽譜の演奏なのだなと気づくわけです。

世の中で演奏されているベートーヴェンの演奏は、とかく、楽譜にはそうは書いていないよね、という演奏スタイルが過去の巨匠の演奏によって慣例になったりしています。

四分音符を一つ取っても何が楽譜通りか、というのも時代によって違い、ベートーヴェンの四分音符にスタカートが書かれていなかったとしても、それは弓を付けたまま音価の分音を保ちなさい、ということではなく、四分音符の時間分弓は動いていてください、ということです。

作品をどう表現しようかということには当然演奏者にとって価値観は変わってきますが、私は、結局は楽譜通りに演奏することを徹底することに尽きると思っており、お客様ではなくベートーヴェンがこの演奏を聴いたら喜んでもらえるのかということを考えて演奏するようにしています。

ベートーヴェンの名作に「火に油」のような演出は不要

”往年の巨匠” 的表現が顔を出すと、棒が
止まり「それやめて下さい」と指示がでる。

Q:ベト7の4楽章では、熱く盛り上がり、テンポもどんどん上がっていく、という演奏が過去の名演、名盤にも沢山あり、練習での鎌響もどんどん熱くなってしまうことがありますが、そこは速くならず、熱くならず職人のように弾いてくださいとの指示をされることもありました。これも今までのお話と関係してきますね?

A:楽譜には「速くする」とは書いていないですからね。書いてあることを実現するだけで自然と盛り上がるように楽譜は書いてあるのですから、それをさらに味付けを濃くしたりデフォルメするような演奏はしたくないです。自然と燃え上がるように書いてある曲なのにさらにガソリンをかけて煽り立てて、終わってみたら油の臭いが残っている、みたいにはなりたくない、ということです。

情景、ストーリーの浮かぶ前半演目と、ベートーヴェンの絶対音楽との対比

Q:今回のプログラムでは、ワーグナー、ベートーヴェンのドイツ名曲に、近代アメリカの作曲家コープランドの「ロデオ」を組み合わせています。指揮者の観点でプログラムの特長や聴き所を教えてください。


A:メインプログラムのベートーヴェンはストーリーも情景もない絶対音楽ですが、タンホイザーのように題材がオペラの曲は、筋があり音楽自体が具体的です。ロデオもバレエ音楽ですから各曲に情景がありますね。この曲、この部分はこの情景、心象を表しています、という曲なので、具体的なシーンが思い浮かばれるような演奏にしないといけないです。

前半の2曲については、その中で聞くお客様がいろいろな想像ができるような引き出しを持った演奏にしていきたいと思っています。

純粋に音楽を楽しんでいただくベートーヴェンとの対照として楽しんでいただける良いプログラムかと思います。

過去2回の演奏会中止を経て、三度目の正直!

Q:さて、次回119回定期演奏会の演目は、2020年、2021年の春に予定されていながら、コロナ禍で中止を余儀なくされ、今回三回目の本番実現への挑戦となります。

これまでの2年間の振り返りもふまえ、演奏会実現への思いをお聞かせください。

 

A:2020年の最初のときはわずか1回しか練習だけで中止が決まり、2021年も4-5回しか練習ができませんでした。 今回は、感染対策などいままでの学びも踏まえ、昨年末から練習も多くの回数をこなすことができていますので、文字通り三度目の正直、絶対に良い演奏にしたいと思っています。足掛け3年温めに温めたプログラムですので、時間をかけた分、熟成した良い演奏にできればと思います。

2022年3月5日(土)鎌倉芸術館 大ホール第3楽屋にて

聴き手:鎌響 曽根(団長) 五味(コンサートマスター)渡辺、鈴木、福島(運営役員)