第121回定期 Vnソリスト 戸澤哲夫 インタビュー

第121回定期演奏会に、ベートーヴェン ヴァイオリン協奏曲ニ長調のソリストとして来演する戸澤哲夫にインタビューしました。

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インタビューで語る戸澤哲夫

時を経ても不変の安定感 重心の低い音が特長の鎌響

Q:戸澤先生と鎌響とは四半世紀を超える長いお付き合いになります。
鎌響の率直な印象、共演する意気込みをお聞かせください。

A:初めてご一緒したのは大学院生の頃でしたが、その当時から鎌響はしっかり弾くオケである印象です。歴史を感じさせるオケですね。
初めて指導者として関わったころから、上手下手のレベルだけではなく、練習の積み重ねかたへの姿勢や、楽曲についての研究、知識量から出てくるエネルギーがすごいオケだなと感じていましたが、今もその印象は変わりません。
今回久々にご一緒しましたが、昔と変わらずしっかりまとまった音がしているところが懐かしく感じました。特に低弦が充実しているので、サウンドの重心が低いところにあって、そのためオーケストラ全体でアンサンブルがしやすいのだと思います。

オーケストラは大きな室内楽、協奏曲も室内楽の発展形

Q:オケのコンマス、室内楽奏者、ソリスト、とさまざまなポジションでご活躍ですが、それぞれ役割が異なる中、どのような点に留意されているかお聞かせください。

A:オーケストラのコンマスとしては、その曲の仕掛けや転換のきっかけを提示して、なるべく先回りしていくことを意識しています。大きな船が舵を切ってすぐ曲がらないのと同じで、オーケストラの合奏を円滑にリードするには、今起こっていることよりもなるべく先を見て指示を伝えていかなければいけないんです。
オケと室内楽の違いについてですが、オケは大きな室内楽であるべきと自分は思っています。オーケストラでは指揮者も重要ですが、皆で一つのものを作り上げるために同じ方向に進んでいくことが重要であり、その点ではオケでも室内楽でも同じであると思います。
今回のコンチェルトでは、自分はソロを担当しますが、ヴァイオリン以外にもソロとして扱われている楽器のいくつかとともに、そこに指揮者も加わって大きな室内楽を目指すべき、という点で、室内楽が発展した頂点にある曲ですよね。

緻密に自己分析しながら演奏することで緊張を集中力に転換

Q:本日の初合わせでは、とてもリラックスして自然体で弾いておられるようにお見受けしました。ソロを弾くときのプレッシャーや緊張感にどう対応されていますか?

自己分析で緊張を集中力に

A:昔は緊張しないといいな、と思っていました。でも緊張するのは当たり前なので、体のどの部位が緊張しているのかを分析して考えるようになったのです。人間は考えると冷静になるので、練習のときからそのように細かく筋肉、神経のコンディションを自己分析しながら演奏するように努めることで、次第に本番で頭が真っ白に、というようなことはなくなってきました。

自然体の自分にぴったりマッチするのがベートーヴェン

Q:戸澤先生にとってベートーヴェンとは何ですか?

ベートーヴェンがライフワーク

A:かつてベルリンに留学していた頃、直前までベルリン・フィルのコンサートマスターだったライナー・クスマウル先生に、今回のベートーヴェンのコンチェルトを指導していただく機会がありました。レッスンだったので、何を言われるか、と構えていたのですが、全く止められることなく曲は進み、途中からは先生が自らピアノ伴奏を始め、結局3楽章すべてを弾ききった上で、先生からは「素晴らしい!何も言うことはない」と。
留学から帰国後の演奏会でも、特にベートーヴェンを演奏するときに自分の存在感がすごい、と周りからの評価を受け、自分にはベートーヴェンがマッチしているのだな、と自覚するようになりました。
ベートーヴェンの音楽は、ともすれば尊敬を超えた崇拝的な感覚ゆえに構えてしまいがちですが、自分はなぜかベートーヴェンは自然体で弾ける感じがあります。
今、人生で2回目のベートーヴェン室内楽曲全曲演奏(約90曲)に取り組んでいます。曲を時代順で弾いているので、一曲ずつ進めるにつれてベートーヴェンの人生が分かってきて、7年かけて演奏することによって、ベートーヴェンの音楽家としての変遷を全て楽しむことができます。それくらいベートーヴェンは自分のライフワークになっています。

ソロとオーケストラが両方主役 ティンパニとの掛け合いに注目

Q:戸澤先生とは、1997年11月にメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲、東日本大震災直後の2011年4月にブラームスのヴァイオリン協奏曲を共演させていただき、今回のペートーヴェンのヴァイオリン協奏曲で3大ヴァイオリン協奏曲をコンプリートすることになります。コンチェルトを演奏するとこと、とりわけベートーヴェンの聞きどころなどご来場されるお客さまへのメッセージをお願いします。

A:三大ヴァイオリン協奏曲のなかでもベートーヴェンはいかにオケとソリストが一体となるかという、オケに対しての音楽的要素が高い曲です。
鎌響の歴史の一部に自分が関わってきており、お互いをよく理解し合えている中での今回のコンチェルトですので、双方向に高めあって創造する一体型の演奏に是非ご期待いただければと思います。
また、今回のカデンツァは、ベートーヴェン自身によるピアノ協奏曲への編曲版(作品61a)でのピアノのカデンツァを、シュナイダーハンというヴァイオリニストがヴァイオリンのカデンツァに再編曲したものです。ベートーヴェンが自ら書いたピアノ協奏曲編曲版オリジナルのカデンツァにあったティンパニのパートはそのままティンパニで演奏され、ベートーヴェンがこの曲でティンパニをソロ楽器として扱っていたことがわかります。カデンツァでのティンパニとソリストとの掛け合いを楽しみにしてください。
ヨーロッパの音楽の作り方は本質的にとても自然です。自分の音楽作りが指揮者の新田ユリさんにも自然に伝わり、一体化してお届けするベートーヴェンをぜひお楽しみいただければと思います。

2023年6月11日

リハーサルに臨む戸澤哲夫と鎌倉交響楽団(指揮:新田ユリ)