第121回定期指揮者 新田ユリ インタビュー

第121回定期演奏会指揮者として鎌倉交響楽団に10年振りに来演する新田ユリにプログラムの中心となる北欧との関わりを中心にお話をうかがいました。
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インタビューで語る新田ユリ

シベリウスとフィンランドの記念年で多忙の数年 コロナ禍は転機に

Q:鎌響には2013年の第102回定期演奏会以来、10年ぶりのご来演となります。この10年新田先生はどのようにお過ごしだったでしょうか?

A:10年前からしばらくはシベリウス関連のイベントが続いていましたね。
2014年に前任の舘野泉先生から引継ぎ、日本シベリウス会長の役目を仰せつかりましたが、2015年のシベリウス生誕150年を目標に、同協会ではピアノ・室内楽など演奏される機会の少ない作品も含めて全曲演奏のプロジェクトを行いました。
2015年には協会所属のピアニスト十数名がフィンランドでピアノ作品全曲演奏会を開催する機会をいただきました。
2017年はフィンランド独立100年、2019年は日芬国交樹立100年、と記念年が立て続けでしたので、シベリウス、フィンランド関係で忙しく過ごしていました。
コロナ禍に入った2020年には鎌響の皆さんと同じく、活動が急減しましたが、同年に6年務めていた愛知室内オーケストラの常任指揮者の仕事が終わり、2021年3月には母校の国立音大で教える契約のほうも終わったため、2021年が区切りの年になりました。おとなしく家にいる時間が長くなった時期でもあり、その2021年にはルックスも大変身して、今のナチュラルグレーヘアになりました。(笑)
自分がずっとシベリウスの活動をしてきた流れ、そして仕事にひと区切りしたところで、新しい自分として鎌響と再会し、北欧のプログラムに臨めるのはとても嬉しいです。

充実したマンパワーで、さらにエネルギッシュになった鎌響

Q:10年ぶりに指揮してみて、鎌倉交響楽団はいかがですか?良くなったところ、悪くなったところ(笑)など教えてください。

A:10年前も今も感じるのは団員・マンパワーが充実していることですね。アマチュアながら練習への出席率も高く、常にいつもの仲間がいる、という環境、そしてみなさんオーケストラ活動への基本姿勢がしっかりしているところが頼もしいです。
この10年で弦楽器が元気良くなったように感じました。
様々なアマオケを見てきましたが、鎌響は本番に向かって演奏能力を高めていく力がしっかりしています。そういう力をチーム全体で維持するのは難しいことだと思いますが、それができているのが大変素晴らしいです。
また、演奏上の要求をしたときのオーケストラ全体への伝達がスムーズで速くなっているのかな、と感じました。指摘した内容について皆さんの理解と対応が早いというところ。この10年で時間が経って、団員が入れ替わったとしても鎌響は成長していると実感します。
更なる要求をするとしたら、セクションごとに柱となる奏者の音楽的方向性がもう少し中心に集まっていければ良いなと思います。曲によって演奏者が変わったとしても、音の集まり方が鎌響の中で決まって行けば、曲への対応力もより上がってくるのかと思います。

要求へのオーケストラの対応能力は上がっている

幼少期を過ごした北海道 北欧との共通性に自然に引き寄せられ

Q:今回はベートーヴェンをはさんで、北欧の作曲家を取り上げます。北欧の音楽、文化に大変ご造詣の深い新田先生ですが、そもそも北欧に惹かれることになったきっかけ、経緯などを教えてください。

A: 幼い時にオリンピック前のまだ都市開発されていない札幌で暮らしていました。シベリウスもおそらくそのようにしたのと同じように、時折誰もいない雪原に寝転んだりして育ちました。その当時の「音」の感じは自分の中に残っていて、大人になって音楽家となった後で、自分には北欧の作品に触れるとそこから北国の風景が見え、音が聞こえると感じ、共感できたのがきっかけなのかもしれません。
また、父がロシア語の専門家でしたので幼い頃からロシアの音楽は身近だったのですが、
大学を卒業してから北欧音楽に出会い、ロシアと同じ北国でも北欧音楽はロシア音楽とは違っていることに気づきました。自分にとっては北欧5か国が持っている未来志向的考え方、自然と人間との距離感、人口少ない国民でどのように国を繁栄させられるのか等を考える国民性などが、ロシアより親近感を持って感じられたのです。
シベリウスは19世紀と20世紀をほぼ半々に生きた作曲家ですが、当時の潮流には乗らずに調性を残し、決して前衛的な作品は書きませんでした。調性がありながらまだ新しい音を追及できた作曲家で、それが魅力です。
シベリウス生誕は1865年で日本の明治期にあたります。シベリウス以降のフィンランド音楽の成長は日本のクラシック音楽界として学ぶべきことが多いのではないか、と思っています。

北欧でもフィンランドとデンマークは対極

Q:シベリウスはフィンランド、ニールセンはデンマークの作曲家ですが、フィンランドとデンマークの国としての特徴、そしてシベリウスとニールセンの作曲家としての個性の違いなどについて教えてください。

全く違う二つの国民気質

A:北欧5か国はそれぞれのカラーがありますが、フィンランドとデンマークは一番差があると思います。フィンランド人は森の中の熊さんのように静かで寡黙、反対にデンマーク人は港町でヨーロッパ大陸に近いため、明るく社交的です。また、デンマークは王国、フィンランドは共和国と、国の体制も違うので、音楽の傾向でもこのような違いは出てきます。
シベリウスは深刻で神経質で一人でいることで落ち着く性格です。一方でニールセンは明るくて社交的、誰かといないとダメな寂しがり屋です。

適度に短く、自然の景色が見えるシベリウス5番

Q:シベリウスの交響曲の中では今回演奏の5番はあまりポピュラーではなく、初めてお聴きになるかたも多いと思います。そんなかたのために、シベリウスの交響曲の特長、中でも5番の魅力をお伝えいただけますか?

A:交響曲第5番はこの時代の交響曲としては短いところがいいところです。3楽章のシンプルな構成の一筆書きのような流れの中でフィンランドの広い大地を旅行しているような気分になれると思います。
最初と最後のホルンは大地を思わせるフレーズ、真ん中の第2楽章のチャーミングなフレーズは森の中を散策しているようで、鳥の鳴き声、弦楽器による木葉の音、風のそよぐ音など、自然の中の色々な音が聞こえてきます。まるで音の風景画を見ているような感じで楽しめる曲であると思います。
また、シベリウスの曲としては珍しく、全体を通して明るいフレーズが多いですね。
交響曲第4番作曲時はシベリウスが人生のどん底にいた暗い時期でしたが、5番を作曲したのは彼が50歳を迎えた年でもあり、つらい時期を乗り越え、明るく未来志向が感じられる曲となっています。

割り切れないフレーズは自然を表しているからこそ

Q:演奏者として取り組むと、ベートーヴェンなどと比べると拍節感が希薄で、わざとずらして書いてあるような箇所があって、合わせにくさを感じる部分があるのですが?

自然は人間の計算を超えて流れている

A:数学的に割り切って正確に演奏しようと努力しすぎず、ズラして書いてあるので、その流れに任せて演奏するので良いのです。
自然の音はここから始まってここで終わるとありませんよね?ランダムに色々な音が始まったり消えたりしながら自然の時は流れています。自然の決まりごとは、人間が超えたところにあり、人間が計算しようとするようには進んでいないのです。ですから、時折あらわれる「割り切れない」感じのフレーズはそのランダムな自然を表すため、と理解して無理に機械的にカウントしないようにしましょう。作曲したシベリウスもそのように意図していると思います。

北欧の涼風を感じられるコンサートに

Q:最後に、聴衆のみなさまへの今回の演奏会全体としての楽しみ方、聴き所など、おすすめメッセージをお願いします。

A:今回の作曲家は三人全員が交響曲の作曲家なのですよね。
分かりやすい劇場的な音楽ではないのですが、音だけで色々なドラマを描いています。
ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲はヴァイオリンソロが聴きどころであるのはもちろんですが、ティンパニやファゴットもソロ的であるところに注目すると楽しめると思います。鎌響がそのソリストたちと一緒にシンフォニックな音の広がりを作っているところを楽しんで聴いていただけるとうれしいです。
ニールセンもシベリウスも作風は異なるのですが実はベートーヴェンを尊敬していました。
本番まで1か月を残して練習を進めていますが、鎌響のシベリウスがすでにここまでレベルを上げてきているのは予想を裏切る展開です。シベリウスは演奏上チャレンジングな曲ですが、その中でのこれまでの鎌響の練習の積み重ねがとても良い状態に持ってこられています。
ニールセンもオーケストレーションが独特な難曲ですが、鎌響メンバーもそれにだんだん慣れて楽しんで演奏を構築しています。
3曲それぞれ、あと1か月でさらに磨きをかけてお客様にお届けしたいですね。
本番は夏の暑い時期ですが、ご来場のお客様には北欧の涼しい風を感じていただければと思います。

2023年6月3日(土)

リハーサルする新田ユリと鎌倉交響楽団