第20回ファミリーコンサート 指揮者 田中 健 インタビュー

2024年3月9日(土)に開催される、鎌倉交響楽団第20回ファミリーコンサートの指揮台に立つ、田中 健に今回のコンサートのテーマ、聴きどころなどをうかがいました。

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大人数で楽しみつつ指揮者や団員同士と音楽の対話がある鎌響

Q:これまで鎌響を数回ご指導いただきましたが、本番演奏会の指揮者としての来演は初めてになります。鎌響を最初に振られた印象、そして今回の演奏会に向けて毎週練習を積み重ねている感想をお聞かせください。

A:鎌響の印象は、とにかく団員数が多いこと、そして団員の皆さんの練習への出席率が高いことですね。毎回これだけの人数が集まるのは、鎌響での演奏活動が楽しく、コミュニティが充実しているということだと思います。また、練習においても、私から演奏についての提案をしますと奏者の皆様が毎回真摯に対応してくださることを、とても有難く、そして嬉しく思っております。
団員ひとりひとりが、自己満足で演奏するのではなく、合奏の場で起こっていることに耳を傾けながら演奏していただいているのが毎回の練習でも分かります。このような風土や環境が整っていることが鎌響の魅力的なところであると思います。

Q:おほめの言葉ばかりいただいて恐縮です(笑)。鎌響には悪い点はありませんか?

A:毎回、練習の後には「反省会」とする素敵な会合(飲み会)にも同席をさせていただいております。楽しい時間ゆえに、遅くまでご一緒してしまうため、毎回、大急ぎで終電に乗り込む、というとてもスリリングな体験を続けています(笑)。しかし、毎回の「反省会」では、奏者の皆さんと直接お話できる貴重な機会にもなっており、ご一緒に演奏をするうえで、とても大切な時間になっています。こうした風土があるのも鎌響の良いところですね。

ピアノと違った音の魅力を引き出すためオケとストレッチ運動

Q:今回のコンサートのテーマは、元々ピアノ曲だったものをオーケストラ編曲され有名になった作品たちをご紹介するわけですが、原曲と編曲された管弦楽曲でのイメージの違いや、編曲ものを演奏する意義などについて教えてください。

A:ピアノで演奏する事を目的に作曲された楽曲を管弦楽で演奏しますと、色彩が一挙に豊かになりますし、ピアノでは成しえないような音響上の現象も起こりますよね。 ピアノの楽器としての特性とオーケストラとの違いによって、例えばクレシェンド(だんだん大きく)やディミニュエンド(だんだん小さく)といった音楽の運びも変わってくることで、曲の新たな魅力が出てくるわけです。鎌響の皆様と協力しながら作り上げる演奏から、お客様にもそういった魅力もお届けしたいと思います。
ピアノとオーケストラの演奏上の違いや、響きの違いを引き出すため、鎌響との練習では、「どこまで一つの音符を長く伸ばせますか」、とか、「どこまで大きい音が出せますか」、といったことを追求することを目的として、いわば音楽のストレッチ運動のようなトレーニング的な要素も含めたリハーサルを重ねています。

原曲に違う角度で光をあてつつ本質は見失わないこと

例えば、大河ドラマでは歴史上の人物を主人公にした作品でも、複数の異なった脚本やキャストで番組が放映されたり、映画や舞台等でも同じようなケースがありますが、これらを見た時には、同じ主人公を描いているのに、それぞれ趣が異なった印象を感じますよね。それと同様に、編曲された楽曲では、編曲者のアレンジによって原曲をいろんな角度から感じとることができたり、別の角度からの視点によって、改めて原曲の魅力を発見することができます。

例えば、今回演奏する「展覧会の絵」にはラヴェル編曲以外にも複数の人物によって編曲された作品が存在しますが、これは原曲に描かれている音楽が魅力的であるからこそのことであると思います。 原曲には、後世の編曲者の創作意欲をかき立てる魅力が詰まっており、それぞれの編曲者は、原曲を多様な角度から見つめ直し、独自のアイディアも織り交ぜた楽曲を生み出してくれましたが、編曲されたどの作品にも共通しているのは、原曲の魅力が担保されていることです。こうした部分が、編曲された作品を演奏する楽しみでもあります。

ただし、編曲作品を演奏するときに気を付けないといけないのは、演奏表現の細部を考えるときに、「原曲では元々は何を表現したかった部分なのだろう?」と、振り返る目を向けておくことです。そうしないと、編曲者によって作られた音楽のなかだけで演奏が完結してしまい、原曲の一番大切な音楽的な本質とでも言うべき部分が失われてしまう危険性もあります。

今回のプログラムにもある「展覧会の絵」は、作曲者ムソルグスキーがガルトマンという大切な友人を亡くし、深い悲しみのなかで書かれた作品です。ガルトマンを偲ぶだけではなく、大切な友人を失ったことへの慟哭するかのような感情や、ムソルグスキー自身がガルトマンに対して抱いていた敬愛の気持ち、そして篤い友情の念など、様々な情感が作品全体を通して描かれています。こうした要素を見逃して、それぞれの曲のモチーフとなった絵画のみを表面的に表現するだけになってしまうと、ムソルグスキーが表現したかった音楽から外れてしまい、ただの色彩豊かな音楽のみに終始してしまいます。「展覧会の絵」では、作曲家の「想い」にも寄り添った演奏を管弦楽を通して表現することが大事だな、と考えて今回の演奏に臨んでいます。

Q:ハンガリー狂詩曲第2番、組曲「ドリー」、「展覧会の絵」、それぞれの名曲の聞かせどころを教えてください。

A:今回のプログラムでは全体を通して、普段交響曲などのスタンダードなオーケストラ音楽とは違う楽器の組み合わせが多いところが聴きどころであると思います。例えば、ヴィオラとフルートの組み合わせで響く独特なフレーズ、などに気づいていただけるかもしれません。

硬質な響きから輝きが見える「ハンガリー狂詩曲第2番」

1曲目にお届けする「ハンガリー狂詩曲」では、硬質的な音響イメージを感じていただけると思います。硬い響きの中には輝かしい音が散りばめられていますので、オーケストラから生み出される音の輪郭にも注目していただければと思います。また、ピアノでは成しえない大音響もオーケストラ編曲ならではの注目要素です。
ジプシーの音楽から着想された大胆なテンポの変化や、リズミカルな踊りが目まぐるしく展開していく曲ですから、舞台上で演奏されている奏者の皆様の動きにも注目していただき、見ても聴いても楽しい曲になっています。

対照的に柔らかく丸みを帯びた組曲「ドリー」

2曲目にお届けする「ドリー」は「ハンガリー狂詩曲」とは対照的に、丸みを帯びた楽曲です。この作品は、作曲家であるフォーレが知人の娘の誕生日の毎年のお祝いに贈ったとされる小さな複数の曲が含まれた構成となっていることからも、全体を通じて、とても可愛らしい印象のある楽曲です。また、終曲にはスペインの明るい太陽を感じることができる華やかなサウンドが楽しめる構成となっています。絵画や建築などの芸術分野でも耳にすることがあると思いますが、幾何学図形のように直線的な「アールデコ」という装飾表現がありますが、この曲では、それとは対照的に、曲線的な柔らかい表現の「アールヌーヴォー」の要素が含まれています。
丸みある音形や、曲線美を持つメロディーがたくさん採り入れられており、1曲目の「ハンガリー狂詩曲」との音楽表現の対比も聴きどころです。

絶命した親友の絵画を前に去来した想いとは…「展覧会の絵」

「展覧会の絵」は、複数の小さな曲が重なりあった作品です。幾つかの曲には、ムソルグスキーの親友であった「ガルトマン」が描いた絵画のタイトルが付けられていますが、これらの絵画はガルトマンが急逝した後に開催された絵画展で、ムソルグスキー自身が、それらの絵画を目にして着想した作品と言われています。それぞれの小さな曲は、その絵を音楽的に描写したもの、というよりは、その絵を見ている作曲者ムソルグスキーの「想い」も重ね合わせて描写しているのではないかと思っていますので、先程もお話をしましたように、作曲家の心情的にも寄り添った演奏ができることを目指しています。
また、それぞれの曲間には「プロムナード」と題された曲が断片的に数回演奏されます。「プロムナード」は、それぞれの絵画が展示されている部屋への入口部分を表していると言われており、ここを通る度に、次の絵を見るムソルグスキーの心の移り変わりが表現されていると言われています。プロムナードから感じられムソルグスキーの心情と共に、ガルトマンが遺した絵画からインスピレーション受けて作曲されたそれぞれの小曲は、決して直截的な音楽ではありませんが、ムソルグスキー自身の「心象風景」が音で表現されており、当時、ロシアで活躍した彼らの「誇りの気持ち」や「矜持」のような要素も込められた作品であることもこの曲の注目ポイントです。

子供の時100色セットの色鉛筆をもらったときの気持ちに

幼稚園や小学校の教材でクレヨンやクーピーペンシルをもらったとしても、だいたい16色セットくらいですよね?
でも、お誕生日などの特別な日に、100色セットの色鉛筆などをプレゼントでもらったら、とても嬉しくないですか?今回のプログラムに含まれている「展覧会の絵」では、まさに100色か、もっと多い色彩がオーケストラの演奏から生まれてきます。きちんとしたルールの中でこれらの色が描かれているので、音が重なっても色彩感はぼやけることなく、むしろ豊かな色彩感によって、どんどん音楽の解像度が高くなっている曲である、というイメージが私にはあります。
「展覧会の絵」以外の楽曲でも、それぞれの曲調にあわせて、使われる色の数や色彩感が特徴的に表現されており、それぞれの違いに気づいていただけると思います。

Q:最後に聴衆のみなさまへファミリーコンサートの楽しみ方、おすすめメッセージをお願いします。

A:ファミリーコンサートというコンセプトからも、お客様には親しみやすいプログラムであると思いますが、演奏者側からの観点からは、いずれの楽曲も難易度も高く、本格的な楽曲が揃った豪華なラインナップとなっています。
高いレベルの演奏を追求することを目的とした毎回の練習では、鎌響の皆さんが相互に心の繋がる「ファミリー」としての絆も深めていらっしゃる印象を受けています。奏者と指揮者としての音楽的な役割や立場は異なりますが、奏者である鎌倉交響楽団の皆さんと、指揮者である田中 健が一体的となるべく、自分自身も「鎌響ファミリー」の一員に加えていただき、一体的な演奏会を迎えたい、というのが今回の演奏会に向けた、もう一つの大きなテーマです。
聴衆の皆様にも、鎌倉交響楽団から生みだされる音楽を存分に楽しんでいただき、舞台と客席を越えて、ご来場の皆様も「鎌響ファミリー」であると感じていただけるような演奏会を目指したいと思っております。多くの皆様のご来場をお待ちしています!

[インタビュー 2024年2月3日(土) 鎌倉芸術館にて]